東京学芸大学 特別支援科学講座
藤野 博/教育学博士
私たちは人との関わりの中で、こんなときにはこの人はこう思っているはずだ、こう言ったら相手はたぶんこう思うだろう、といったことをそれほど深く考えることなく直観的に理解できます。そのような“心の読み取り”は「心の理論」に基づいていると考えられています。「心の理論」とは私たちが日常生活で意識せずに使っている常識心理学のことをいいます。
人と上手に関わることができなかったり、社会的な場面でうまく振る舞えなかったりする子どもたちがいます。たとえば、悪気はないのに友達がいやがることをいつも言い自分の立場を悪くしてしまうのですが、それは自分の言ったことが相手にどう受け取られるかを想像することができないからです。そのような子どもたちの抱える困難の背景には心の理論が獲得できていない、あるいは心の理論をうまく使えていないといった問題があると考えられています。発達障害、なかでも自閉症スペクトラムの子どもたちのコミュニケーション障害の背景にはこのような心の理論の問題があることが多いようです。
ある人が心の理論を持っているかどうかを査定(アセスメント)するために「心の理論課題」が使われます。心の理論課題は、簡単なストーリーを演じたり語ったりして示し、登場人物の考えを当てるテスト課題です。たとえば「サリーとアン課題」と呼ばれる課題がよく知られています。イギリスの自閉症研究者・バロン-コーエンら(1985)によって作成された課題です。人形を使って次のようなストーリーを演じ質問します。
サリーはビー玉をバスケットの中に入れ、部屋を出て行きました。サリーが部屋にいない間にアンはビー玉をバスケットから箱に移し入れました。サリーは部屋に戻ってきました。サリーはビー玉をどこに探すでしょう?
このような心の理論課題を自閉症スペクトラムの子どもたちに行うと、知的な遅れはないのに正答できないことがあります。それは心の理論の獲得に問題があることを示しており、子どもたちが抱えるコミュニケーションや集団参加の困難の背景にある問題を把握するために有効な情報になります。
従来、人形劇や紙芝居などで行っていた心の理論課題のうち代表的なものを私たちはコンピュータ・アニメーションにアレンジしました。パソコンさえあればその他の特別な準備がいらず、いつでもどこでも同じ手続きで実施できるようになると便利だと考えたからです。またゲーム的な楽しさも加わるので、子どもたちが興味を持って取り組んでくれるようになるだろうとも考えました。
自閉症の人たちはコンピュータと相性が良いとよくいわれます。コンピュータは利用者に社会的な関わりを要求せず、反応に一貫性があるため見通しが持ちやすく、自分のペースで操作することができます。それらの特徴は自閉症の人にとって親しみやすいものなのです。