東京学芸大学 特別支援科学講座
藤野 博/教育学博士
心の理論課題をアセスメントの一環として実施したA君とB君の事例を紹介します。いずれも通常の学級に在籍する知的な障害のない小学2年生です。
【A君】自分の言いたいことだけを一方的に話しまくる、別の話題を振ると強引に自分の好きな話題に変えてしまう、会話中に相手に関心がないように見え交互に話をすることができない、などの問題がありました。心の理論課題ではボールの問題、トランプの問題、おもちゃばこの問題で正答できませんでした。
【B君】挨拶がわりに友達を叩いたり周囲が冗談と受け取れないようなちょっかいを出したりする、会話では一つの話題だけをとりとめなく話したり相手の話をさえぎって自分が興味ある話を始めてしまったりする、相手の話を聞いて相槌を打つことができない、などの問題がありました。心の理論課題では全ての問題で正答できませんでした。
A君もB君もクラスメートと仲間関係をうまく築けないことが主な問題でした。心の理論課題の結果から、この子たちのコミュニケーション上の問題の背景には、相手の視点に立って物事を考えたり、自分の行為が相手の心にどのような影響をもたらすかを考えたりすることができないことなどから生じている可能性が考えられました。
心の理論課題でアセスメントし、それに基づいて指導を行った事例を紹介します。人との関わりに難しさがあり「ボールの問題」や「トランプの問題」など相手の視点に立つことが求められる課題が解けなかった子どもたちに対し、ハウリンら(1999)が開発した“マインド・リーディング (心の読み取り)”の指導プログラムを行いました。これは自分の視点と相手の視点との違いに気づかせることなどを目標として含んだ課題です。一部を以下に紹介します。
【自分の見え方と他人の見え方の違いを理解する課題】
子どもと先生が向かい合う。両面に別の絵が描いてある絵カードの片面を子どもに見せ、何が見えるか問う。次に先生は何が見えていると思うか、と問う。
【「見ることは知ること」を理解する課題】
@ | 子どもに2つの物を見せる。子どもに目隠しをし、箱にどちらか一方を入れ、何を入れたか分かるかどうかを問い、その理由を質問する。 |
A | クマのヌイグルミに2つの物を見せるふりをする。クマに見えないようにしながら箱に一方の物を入れ、クマは何を入れたか分かるかどうかを問い、その理由を質問する。 |
このような指導を行った後、その子に日頃関わっている人や親御さんから次のようなエピソードが報告されました。これらは人の考えに対する気づきが生まれたことを示すエピドードと考えられます。
・ | 「見ていないから知らない」という言葉をよく使うようになった。ペンを隠し「どこにあると思う?見ていないから分からないね」と言ったりしていた。(C君) |
・ | 自分だけがよく知っている話題をクイズにし、相手が間違えると「全然ちがーう!」と言うことが以前はあったが、今は少なくなっている。(D君) |
・ | 自分の大好きな電車の話をしていて、「○○のことはママはよく知らないよね…。パパなら知っているかな?」と会話している相手の知っていること、知らないことについて考えられることがある。(E君) |
・ | 自分が知っていることを他の人も知っていると思い込んで話し出すため「お友達は知らないかもしれないよ」と話すと、「そーかー」と納得していた。(F君) |
このように、相手の考えに気づくことができないためにコミュニケーションの問題が生じていることがあり、その実態を把握して子どもたちの気づきや学びに結びつけるために心の理論課題を役立てることができます。「アニメーション版心の理論課題」を子どもたちのより良いコミュニケーションの支援のために役立てていただけると幸いです。