■ 目的
年齢を合わせた自閉症スペクトラム障害(ASD)児と定型発達児を対象とし「アニメーション版“心の理論”課題(初版)」を実施し、成績を比較した。
■ 方法
医師によって自閉症圏の障害の診断を受けた小学2年生11名をASD対象群とした。男児9名、女児2名でいずれも通常学級に在籍していた。診断名はアスペルガー症候群4名、高機能自閉症2名、広汎性発達障害2名、高機能広汎性発達障害3名であった。WISC-VにおけるVIQの平均値は99、中央値は100で、PIQの平均値は94、中央値は97であった。通常学級に在籍する小学校2年生の児童13名(男児4名、女児9名)を対照群とした。
ASD児群には個別形式(チャレンジモード個人用)にて、定型発達児群には教室内でプロジェクターを使用し集団形式(チャレンジモード集団用)にて課題を実施した。ASD児群と対象児群の“心の理論”課題の各問題における通過率を求め、群間の差をカイ2乗検定により分析した。
■ 結果
結果はFig.1に示した。「ボールの問題(一次誤信念・不意移動課題)」においてはASD児群の通過率は36%、定型発達児群の通過率は77%で、両群の差は有意であった(カイ2乗=4.03,df=1,p<0.05)。「チョコレートの問題(一次誤信念・だまし箱課題)」においてはASD児群の通過率は55%、定型発達児群の通過率は54%であった。この問題における定型発達児の通過率が先行研究の知見から予想される結果よりも著しく低かったため各質問項目の解答状況を見たところ、統制質問の1問目(この箱の中には、何が入っていますか?)と信念質問の2問目(あきこさんはチョコレートと鉛筆、どっちと答えたでしょうか?)には全員が正答できていたが、統制質問の3問目(それはほんとうに箱に入っているものですか?)と4問目(ほんとうに箱のなかに入っているものは何ですか?)で正答率が低くなっていた。3・4問目は1問目の質問と内容が重なるため、何度も同じことを聞き返されることを不審に思い答えを変えたケースがあったかもしれない。そのような点で設問の適切性に問題がある可能性がある。そこで「チョコレートの問題」のみ通過基準を変更し、1問目と2問目の両方で正答できていれば通過とした。この基準により通過率を求めたところ、ASD児群の通過率は73%、定型発達児群の通過率は100%で両群の差は有意であった(カイ2乗=4.05,df=1,p<0.05)。
「アイスクリームの問題(二次誤信念課題)」においてはASD児群の通過率は9%、定型発達児群の通過率は46%で、両群の差は有意であった(カイ2乗=3.96,df=1,p<0.05)。また、「ハムスターの問題(ストレンジ・ストーリー課題)」においてはASD児群の通過率は55%、定型発達児群の通過率は77%で、両群の差は有意でなかった(カイ2乗=1.34,df=1,p>0.05)。
■ 考察
ASD児と定型発達児の“心の理論”課題の成績を比較すると、全ての問題で定型発達児群の方が通過率が高く、4問中3問でその差は統計的に有意であった。定型発達児における一次誤信念課題と二次誤信念課題の通過率は従来の知見から予想される結果より若干低目ではあったが矛盾はなく、おおむね妥当であったと考えられる。定型発達児群は集団形式で一斉に実施したため、テスターが与える指示に対する注意力の維持などの点で個別形式での実施よりも成績が低くなったのかもしれない。しかしそれを考慮しても定型発達児群はASD児群より明らかに良好な成績を示した。
ASD児群はVIQもPIQも平均値・中央値ともに100に近く、知的発達の点からは定型発達児群と同質であったと判断できる。この結果は、ASD児は群として見た場合、同年齢、同知能水準の定型発達児に比べ、“心の理論”課題に通過することが困難な傾向があることを示唆している。この結果も基本的に先行研究の知見を支持するものといえ、“心の理論”課題はASDに特異的な問題に鋭敏なテストであることが裏付けられた。しかし、そのような全般的傾向の中で、難度の低い“心の理論”課題に通過できない定型発達児や難度の高い“心の理論”課題に通過できるASD児がいる事実は、この課題での通過状況を診断のために使用することには、なお慎重であらねばならないことを示すものといえよう。
Fig.1 小学2年生の“心の理論”課題通過率
出典:藤野博(2004)自閉症スペクトラム障害の心理アセスメントにおける“心の理論”課題の意義. 東京学芸大学紀要 第1部門教育科学,55,293-300.